ボイコットといえば2005年に「Googleによる「CNET出入り禁止」は2カ月で解除されたが……」って

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0510/05/news075.html
そう、公共サービスでもないグーグルがメディアを検閲するのは別に、って感じなんだが、すでに公共サービスのようにネットで勝手に道路はりめぐらしちゃって公共サービス領域にはいっちゃってるのに「規制」の「規制」がさせれてないのが問題なんですね。。。ネットサービスの公共サービス性ということも、ちょっとこれから議論ができないと、恐るべき子供達が集団で医師として採用されて殺戮を加担したポルポト政権下のプノンペンが、まさにITウェブの世界になっちゃったら困るんだよな。ってシュミットは眼鏡かけてたっけ…^^

グーグルボイコット

今年の抱負は何にしようかな。
最近ダイバーシティーとは正反対の方向にすすみつつある、
ウェブITカルチャー至上主義者たちとの対決姿勢をはっきりさせる、というもののシンボルとして、


グーグルボイコット

を今年は宣言し、それを運動化しよう。

ま、100%はできないか^^; まずは50%カットで^^

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0809/29/news080.html

http://business.nikkeibp.co.jp/article/tech/20080828/169092/
ストリートビューに限らないな、人権意識のない調子のいいウェブテッキーたちによる、もっと大きなエスタブリッシュメント化、既得権益化の潮流があるね。擬似フリーダム系のスノッブな、そんな類。

イノベーションは技術革新ではない・・・ということで

今日のひとこと。いや、昨今の一部Web2.0系?業界だとテッキー性=既得権益=サービス企画権益ということもみられた。または、技術者への独占的権限を確保したマネジメントが技術者へのエンパワメント込みで共棲的に既得権益を得るということも。ま、ニクラス・ルーマン(Niklas Luhmann)がテクノクラートについて言及するときのそのコンテキストにもこのような味付けがあったような〜。

〜引用
マネジメントの優秀さは、経営者がテッキーであることと関係ない。重要なのは、経営者が技術の生産者ではなく消費者としてすぐれたサービスを実現することだ。これを著者はventuresome consumptionとよぶ。
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/04f856be43c5554c1164fb27cfb2e53c

が、洋の東西を問わず、マネジメントの欲求が社会的創造よりも制度欲求(や地位・狭義な自己実現欲求)であるということが昨今のグローバルな経済状況の行き詰まりの背景にもあるわけで。アイデア的に有能なワーキングプアや非既得権益者ががコアな消費スキームのビジネスモデルを何十何百とだそうが、それが社会的地位やデキル人材としての評価には結びつかない。アイデアなどは誰でも思いつくこととして、それを(しばしば安易なテッキー解釈で)実装する既得権益者に搾取されるだけなのだ。(これは日本などでは傾向がより強いかな。ハハハ。)